「当たり前」の生活のありがたみ

普段送っている生活、何気なく過ごしている日常や当たり前だと思っている日々が、実はとてもありがたいと感じた経験があります。それに気づいたときは「ハッ」とすると同時に当たり前だと思い込んでいた自分が恥ずかしくなった記憶があります。

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実家に帰りたくない

鬱で退職して社宅を引き払うと、私の帰る場所は実家になりました。でも実家は実家で問題があったのです。私は幼いころに精神的虐待を受けていた為、それは20年以上も前の事なのに帰りたくなかったのです。

荷物自体は実家に送り、かつて自分の部屋だったところに押し込んでありました。でも自分自身は実家に立ち寄りたくなかったのです。記憶がよみがえるからです。

ただ、その時の私は思考回路がおかしくなっていました。高校時代・大学時代は表面上ですが平和的に実家で暮らしていました。なのになぜこの時は、帰りたくなかったのか…。

それは過去の一番嫌な記憶だけを思い出していたからです。虐待以外の記憶だってたくさんあります。上手くいっていた時期だってあります。しかし鬱のせいなのか何なのかは不明ですが最悪期の記憶だけで物事を判断していたのです。

実家の事だけでもなく、仕事の事や将来の事などでも悪い記憶しか湧いてこず、考えると何もかもが嫌で嫌で仕方なかったのです

徘徊成人

いや~な気分だけがあり、実家に帰らずふらふらしていた時期があります。当時、季節は夏だったのですが、いたるところをふらふらしていました。ファストフード店・電車・ショッピングモールなどに涼を求めて移動をつづけました。

とにかく暑かった。。。日差しはガンガンと容赦なく照り付け、それをアスファルトの地面が反射してさらに暑くなります。汗がだくだくに流れ、頭頂部が日焼けしてヒリヒリとしてきました。

とりあえずハンバーガーショップに入ってコーヒーと注文し、カウンター席に座って涼むことにしました。とくにやることもありませんから周りを観察することにしたのです。

慌ただしく食事を済ませるサラリーマン風の男性、ゆったりと笑顔で食事をすすめる親子連れ、集団でゲームに興じる高校生、静かに話しているカップル・・・各々が自分の時間を過ごしていました。

幸せな「日常」

「平和だなぁ~」と、感じた事を覚えています。バリバリ仕事が出来る心身ともに健康な人、温かい家庭、同じ趣味で集まる仲間、お互いが大切な人と言葉を交わすことが出来る。。。

本当は私もあのサラリーマンのようにバリバリやっていたかったなぁという気持ちや、あの親子みたいな幼少期を過ごしたかったなという思いが湧いてきてしまいました。

なんだか、いたたまれない気持ちになって店を出てしまいました。でも暑いので向かうあてもなく電車に乗ります。

「さて、自分には何があるか」を考えてみることにしたのです。確かに私は、周囲と比べて愛情たっぷりの幼少期を過ごすことは出来なかったかもしれません。でもその先を考えてみることにしたのです。

ありがたいこと、あった

小学校、中学校、高校にはどうにか通うことが出来ました。途中少しだけ不登校になった時期もありましたが卒業できました。そして、大学にも行くことが出来たのです。大学時代には母親が私への虐待の事を打ち明け、謝罪したのです。なのに私はモヤモヤした気持ちをずっと抱えたままでいました。

当時は何も考えず親が「行け」というから大学に進学しただけでしたが、それが今考えるととてもありがたいことだと、いまさらになってようやくわかることが出来たのです。学費は親が出してくれています。親がバリバリと働いて学費をねん出してくれたこと、これはすごいことだと、感謝しました。

私は就職して6年で鬱になり、収入が無くなりました。でも父親はそうはならず数十年働き続けているのです。母親も専業主婦で父親を支えています。「あぁこの人たち、口には出さないけど私の為にいろいろ頑張ってくれたんだ」と感謝の気持ちが芽生えました。

「行けと言われたから行った、だから大卒であるのは当然の事」と考えていた私は、恥ずかしくなりました。

当たり前ではなく、ありがたいこと

とりあえず実家に帰ることにしました。帰ると今まではりつめていた緊張が解け、ばたーっと寝込んでしまいました。でも頭ではこの続きを考えてみることにしたのです。今まで当然のことだと考えていたものが違うとわかると、そこから物の見え方が変わりました

食事をおいしく食べられるのは作ってくれる人のおかげ、しかもそれは生産者から始まり運送業者・小売店そして調理してくださる人すべての人のおかげなのだと考えるようになったのです。

夜寒い思いをしないで眠れるのも家を建ててくれた大工さんのおかげ、丈夫な寝具を作ってくれた職人のおかげ、ふかふかの布団を作ってくれたのもありがたいと感謝するようになりました。

安心して街を歩ける安全、雨が降ってもぬかるまない道路、蛇口をひねれば出てくる水、電気、水道、ガス…当たり前だと思っていた価値観がひっくり返ったのです。

人間は「社会」で生きていく

当たり前のことが実はありがたいことだとわかると感謝の気持ちがどんどん湧いてくるようになりました。いろいろな物や事に感謝するようになると、鬱病になった時に起こった人間不信や人間嫌いが改善されていくようになったのです。

これらの「当たり前」が人間の手によってつくられていることがわかったからです。よく「俺は一人で生きていくんだ」などという人もいますが、その台詞が何とも空虚なものなのかと思うようになりました。この人間社会、一人で生きていくなんて人気のない山籠もりをするくらいでないと出来っこありません。

感謝なんて…と思っていた時期がありました。でも人間は社会を形成する動物です。人が生きるには社会が必要不可欠です。そこから逃げたりすることはなかなかできません。

だから、この社会の一員として私も私なりのやり方で貢献していこうと考えました。不平不満をいう時もまたあると思うけど、それを解決するにはどうすればいいかなどという事も考えて生きてみようと思い、社会復帰へ向けて決意しました。

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